下丸子商栄会の日常

 商店街は個人商店が連なっていて、人情あふれる商売を行っている。毎日利用していると、店主とも信頼関係が構築され、商店街への買い物が日々の交流に発展する。さらに、商店街は常に大人の目が通っているので犯罪が少なく、子供でも1人で安心して歩けるメリットもある。また、商店街は老舗店舗が多いのが特徴である。近年では、商店街も集客に力を入れ、多くのイベントが開催されている。

子供たちを大切にする町

 下丸子駅近くの下丸子児童公園。公園で保育園児などが多く公園中を走り回っていたり、遊具で遊んでいたりしている。また、子供たちの保護者が集まって談笑などこの場所は人が多く住民が集まる憩いの場になっている。公園隣のビルに子供向けの絵が描いてあり地域住民が子供たちを大切にしているのを感じさせる。

下丸子の玄関、ガス橋

ガス橋から下丸子を見ると一つ思いついたことがある。それはガス橋は下丸子の玄関口ではないかと…

なぜなら下丸子の川沿いはキャノン本社などの工場やマンションなどの高層が立ち並んでいて、そこを超えると低層の平屋等が多く立ち並んでいる。

そこでこの高層マンション等を玄関口、神社で例える所の鳥居と見立てる。そこから伸びる旧提通りを廊下と見立て、平屋の一つ一つを部屋と見ると下丸子自体が一つの大きな家と捉えることができるのでないかと思った。

そんなことを考えて改めてみてみるとまた違った一面を感じ取れるかもしれない、そんな下丸子にとっての大事なガス橋はいい風景である。

ガス橋の概要

多摩川河口から10.5km上流の位置により、東京都大田区下丸子と神奈川県川崎市中原区上平間の間に架けられている。

片側一車線の道路橋であり、東京都道・神奈川県道111号大田神奈川線が通過する。袂で交差する東京側の旧提通り、川崎側の多摩沿線道路へ出入りする車の通行量が多く、朝夕は車の渋滞が起きやすい。

東京側を北上すると環八通りと交差し、神奈川側に進むと多摩沿線道路、南武沿線道路、国道409号(府中街道) の順に交差する。

北詰にキャノン本社が位置し、川崎側最寄り駅である南武線平間駅からこの橋を徒歩で渡って通勤する多摩地域・神奈川県在住者も多い。

・ガス橋の歴史

名称は東京ガスが鶴見製造所で制作した大量のガスを東京に供給するために作られたことに由来する。       1931年(昭和6年)9月に「瓦斯人道橋」として開通、1936年(昭和11年)ガス管が増設された。戦後は周辺の橋が増大する交通量に対応しきれなくなり、1960年(昭和35年)に現在のガス橋が完成、車両の通行が可能となった。

河原坂から見える駅と商店街

ここは鵜の木松山公園から駅、  商店街に向かって見下るした河原坂という坂である 。さらに奥に進むと多摩川まで続いており、 一本の道となっている。河原坂はそんな鵜の木を象徴した道の一つである 。

最初の路地は緩やかな坂なので、 路地だと思ってしまうのだが、 途中に大田区の立てた標柱があるので坂だとわかる。大正時代まではここがメインルー トであった。

現在の鵜の木2、 3丁目付近は、 昔多摩川の河川敷であったので、  河原の地名がある。坂道の由来は河原に出る坂道であることによる。今は 「切通」になって緩やかであるが、 以前は道幅の狭く急な坂で、 河原の畑を往来する 荷車などは難儀をしたという。

見え隠れする神社

昔は農地で豊作を願うために神を祀られてきた神社、今では住宅地の中に神社が自然に溶け込んでいる。

家と家の間から派手な屋根がひょっこり見えたり、建物の死角になって突然神社が現れたりするところが面白い。住宅の中にその土地になじんでいる神社が見え隠れする。